2023.6.18

説教箇所 マタイ9:35~10:8

説教題 羊飼いのいない羊たちを見られて

分解 9:35~38 羊飼いのいない羊たち

10:1~4 十二使徒たちの任命

10:5~8 使徒たちの派遣

序論 もう20年以上前になりますけど会社の慰安旅行で中国に行きました。会社の慰安旅行なのですが会社も経済的に潤っていたかもしれませんが家族も連れて行ってもよいということで子供たちも連れていくことになりました。基本的に北京付近の観光で万里の長城とか天安門広場とかは旅行のスケジュールには入っているのですが一番みんなが期待しているパンダを見るというスケジュールはなかったのです。しかし、中国の動物といえばパンダです。そこで社長にパンダを見に連れて行くように交渉してくれと頼みました。子供も十人近くいたので社長は快く旅行会社の人に交渉しに行きました。しかし、旅行会社の人はあまりいい顔はせずにパンダは夜行性で昼は寝ているから外に出てこないから面白くないとかああでもないこうでもないという言い訳をしていました。しかし、私たちはパンダを見なければ帰れないと万里の長城なんかどうでもいいからと駄々をこねて一目でいいからパンダを見たいということを呪文のように唱えていたのでついには根負けした旅行会社の人が「パンダだけよ」といわれて北京の動物園に行けるようになりました。そこはパンダしかいないところでそれでも敷地面積が天王寺動物園の半分以上あるようなところでパンダがいっぱいいてそのパンダたちは白い部分のところが土で茶色になるぐらいドロドロになって暴れまわっていました。見ている人は中国人だろうが日本人だろうがもちろんのこと大喜びでワーワーという歓声が起こったぐらいです。しかしなぜ旅行会社の人はかたくなにパンダを見に連れていくことに対して断ったのは現地についてお土産を買ったときにすべてがわかりました。動物園の中には露天商がたくさんありまして机の上に置かれているのはパンダのぬいぐるみ、パンダのおもちゃ、パンダのキャップ、パンダグッズが並んでいました。中国に来たのだからやっぱりパンダのお土産を買って帰りたいのは当たり前のことで当然のことみんなはパンダグッツを買いあさっていました。そこでそのパンダの土産物の値段はというとどれもこれも日本円で20円出せば買えるもので、旅行会社の人がお土産店

に連れていかれるのは日本のお金と変わらないとこばかりでそこの動物園は別世界に来たようにおみやげ物が安かったのでみんながパンダグッズを両手に持っていたのが印象的でした。だから旅行会社の人は私たちに現地の本当の貨幣価値を知られるのが嫌だったと思われます。ちなみにさっき「パンダだけよ」といったのはパンダだけで天王寺動物園の半分といいましたがゾウもキリンもトラもライオンも別々に分かれていて一種類だけでどれもこれも天王寺動物園の半分ぐらいあるのでとてつもなくひろい敷地面積があり、全部見て歩けば3日以上かかるといわれました。まぁ言い訳のひとつかもしれませんが。しかし、本当にそこで人々がどういう生活をしているかはそこの土地で生活して初めてわかることで、旅行に行ったところで何もその土地のことはわからないことです。そしてイエス様は十字架にかかる前はガリラヤを3度回られています。いわば知らないところもわかっているぐらい人々と密着していました。先週の先生の説教で「わたしはあわれみを好むがいけにえを好まない」の意味がよくわかりました。それから続いて「真新しい布切れで古い着物のつぎをするようなことはしません」と「新しいぶどう酒を古い革袋に入れるようなことはしません。そんなことをすれば、革袋はさけて、ぶどう酒は流れ出てしまい、革袋もダメになってしまいます。新しいぶどう酒を新しい革袋に入れれば両方とも保ちます。」「新しい布というとまだ一度も洗濯していない布のことを言っていて古い布は洗濯しても縮まないのに対して新しい布は洗濯したときに縮むから元の着物が破れてしまうということです。また新しい酒は発酵力が強くて伸び縮みしない古い革袋に入れれば革袋は張り裂けて破れてしまいます。それはイエス様が来られたその時代に律法というものから福音というものに新しくされて行くことのたとえで新しい布と新しいお酒を例にとられました。この新しい布と新しいぶどう酒が福音のことで古い着物と古い革袋は律法のことです。そしてイエス様がこの地上に来られてからは律法の時代は終わりを告げて福音の時代になります。このたとえがあってからイエス様を信じる会堂管理者がきてイエス様がなくなった娘さんの上に御手を置くといきかえることをしっているので今すぐ来てくださいと頼みます。困っている人を見過ごすようなイエス様でないのはみんなも知ってのことでした。そしてイエス様はこの会堂管理者と出かけていきます。しかし、会堂管理者の娘にのところに行く途中イエス様の着物のふさに触った12年間長血をわ

ずらった女の人に出会います。そこでその女の人の病気を治されます。寄り道しているイエス様を見て会堂管理者はどう思ったことでしょう。しかし、その娘はそのあとイエス様とあってすぐに癒されます。死人を生き返らせたという噂はガリラヤ全土に響き渡ります。もちろんエルサレムにもその噂は飛んでいきます。そして27節からは二人の目の見えない人をいやし目が見えるようになさいます。そんなことがあっての35節から今日の聖書日課に入っていきたいと思います。「それから、イエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音をのべ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいを直された。

羊飼いのいない羊たち

イエス様がお生まれになったのはベツレヘムですが育ったのはガリラヤのナザレです。そしてガリラヤ伝道の拠点となったのがカぺナウムです。35節ですべての町や村はガリラヤ地方のことです。イエス様は合計3度ガリラヤを巡回しておられます。

(あけなくていいです)1回目はマタイ4章、2回目はルカ8章、3回目がこのマタイの9章です。イエス様はガリラヤの町や村を回って民を教え病気を一人一人直してその町や村に住んでいる人と交わりその人たちがどう思っているかをお聞きになり対応していくうちに36節「また、群衆を見て、羊飼いのいない羊のように弱りはてて倒れている彼らをかわいそうに思われた。」そんな感想をイエス様はお持ちになられました。羊という動物はへブル人ユダヤ人が最も愛した動物でありその性格はおとなしく素直で従順である。半面おろかで弱く迷いやすい人間を表すたとえとして用いられる。羊飼いのいない羊というのは守る人がいないので草のあるのかないのかわからない所をたださ迷い歩き水のある所ないところをわけもわからずにさ迷い歩くようなものです。羊飼いが草原の草の生えているところに導いてはいここですよと言って草を羊たちに食べさします。水も同じで水の飲めるところに導き水をもませる役割をします。だから羊は羊飼いの声を聴き分けることができます。しかし、イエス様がガリラヤの町や村を巡り歩いて知りえた人々の姿は食べようとする草のある所を見つからずに探しつかれ、水のある所がわからずに探しつかれて見つからずに疲れそのまま倒れてしまっている羊のようなものだと表現されました。人間に例えるとただむなしくさ迷い歩き、悩み苦しみ、疲れ果てて打ちのめされているようです。「羊飼いのいない羊」の末路は肉食獣の餌食になる

か草や水を探して見つからずに疲れ果てて倒れて死んでしまうということになります。律法というものをパリサイ人や律法学者がこれもダメあれもダメということで律法を盾に人々をがんじがらめに縛り付けていました。そんな人々を目の当たりにして37節「その時、弟子たちに言われた。「収穫は多いが働き手が少ない。だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」ここでイエス様はまず祈りなさい。とおっしゃられます。そして「働き手」の一番手としてイエス様は十二人の弟子たちを使徒として任命します。

十二使徒たちの任命

使徒の意味は「使者(使うものと書きます)大使、特別な使命を帯びて派遣された者」という意味です。そして10:1「イエスは十二弟子を呼び寄せて、汚れた霊どもを制する権威をお授けになった。霊どもを追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいを直すためであった。」その十二使徒の紹介を致します。10:2~4節をお読みします。2節「さて十二使徒の名は次のとおりである。まず、ペテロと呼ばれているシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、ピリポとバルトロマイ、トマスと取税人マタイ、アルパヨの子ヤコブとタダイ、熱心党員シモンとイエスを裏切ったイスカリオテ・ユダである。第3回ガリラヤ伝道において群衆が羊飼いのいない羊のむれのようになっているのをご覧になったイエス様は彼らをかわいそうに思い十二使徒の派遣という行動に移られました。イエス様一人ではあまりにも多くの人たちに手を指し伸ばすことができなくて働き人を早急に用意する必要がありました。10:1「霊どもを追い出し、あらゆる病気あらゆる、わずらいを直すためであった。」とあります。普通の人が霊を追い出すこと、薬も使わずに病気を治すことはできません。だから、イエス様はすぐに人々を救う方法をなさいました。それがこの働き手に託された賜物でした。そしてもちろんのこと福音の種を人々にまくという使命も弟子たちにあたえられました。マタイの28章では福音宣教はイエス様の一番大きな命令でした。

ところが十二人のうちほとんどの人は何をしたのかは全く知られていません。中心的な人物であるペテロやヨハネに関しても伝記にするという観点では全くと言ってよいほど情報がありません。十二使徒たちがどこでいつ生まれたというのはほとんど情報としてありません。だからと言ってユダを除いた十一人が何もしなかったか

というとそれはイエス様の弟子たちだから生涯を福音宣教にささげたことでしょう。(開けなくてもいいです)。イエス様がおっしゃった言葉に使徒1:8「しかし、聖霊があなた方の上に臨まれる時、あなた方は力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、私の証人となります」復活したイエス様は「エルサレム、ユダヤ、とサマリヤの全土および地の果てまでに私の証人となります。」私の証人です。なりなさいではなくなります。とおっしゃられました。命令でなくて将来このようになるという運命です。予告です。この十一人のことの将来を知っている言葉です。そして12人目に使徒1:26節ユダの代わりに12人目使徒マッテヤが選ばれます。

だから、彼らがどんな活動をしていたかは記録として残されていなかったとしても使徒としていのちの限りイエス様に従っていったことは間違いないでしょう。そして使徒たちがゆだねられた仕事というのは福音をのべ伝えることによってその土地に教会をたてることでした。記録として残されていない彼らの素晴らしい働きは当たり前のことをしたにすぎません。神様が使徒たちを通してなされたからです。

ところでイエス様がお選びになった十二使徒は社会的には実に何もかもがふつうのひとでした。ここでひとつ考えられることは彼らがお金を持っていたか、頭がよかったのか、社会的にみとめられるようなニコデモのような人だったのかでもなくて一番重要なことはこの十二人をイエス様が選んだということでした。よくペテロとパウロは比較されることがあります。もちろんのことペテロは無学で職業も漁師でした。一方のパウロは学識のある優秀な学者でした。十二使徒ではないが働きも何もかもが使徒でありました。むしろキリスト教の広報を担当した人です。

パウロもペテロもイエス様から選ばれています。そして賜物や器といった人にはあまり見えないことが成長させられるのです。この十二使徒の紹介でも一番最初に「まず」という言葉が出てきます。ルカもマルコも一番最初にペテロの名前が書かれてあります。

マルコの福音書はペテロが語ったことをマルコが記したといわれています。だからマルコの福音書の書き出しはイエス様の出生の話ではないのです。イエス様がどんな生まれかたしてどんな幼少期を過ごしたかは全くと言って興味がないのです。しかしペテロの目は素晴らしい洞察力がありました。イエス様の教えたことよりイエス

様がどういう行動をしていたかということが的確に書かれています。そして何よりもこの四福音書の中で一番最初に書かれたものがマルコの福音書でした。マタイもルカもヨハネでさえこの福音書を参考にして福音書を書かれたといわれています。もちろんパウロはイエス様のことを見てはしていません。しかし、福音書を解説しているのはパウロの手紙といわれています。使徒の働きではパウロが主役です。イエス様のことをわかりやすい参考書のように手紙として書き送っています。ローマ人への手紙ではイエス様のことエペソ人への手紙では教会のことテサロニケ人への手紙では終末のこと、テモテやテトスへの手紙では牧師とはどうふるまうかわかりやすく解説しています。しかしどちらもタイプやスタイルはちがうけれど福音のために命を懸けてきたイエス様に選ばれた人です。十二使徒の中にイスカリオテ・ユダもいました。イスカリオテというのは「カリオテの人」という意味でユダだけはガリラヤ出身ではありませんでした。ユダは田舎者のガリラヤの人を見下していたかもしれません。そして、愛国心全開の熱心党員シモンと本来ならば彼とは最も激しい敵対関係にあった売国奴と呼ばれていた取税人マタイとがイエス様の下でひとつになっていることが事実としてあることです。この福音書を書いたマタイは自分の名前の上に「取税人」というものをつけています。このような不名誉な冠はマルコもルカもつけていません。こんな自分でもイエス様によって恵みが降ってくるといわんばかりです。本当に十二使徒たちは普通の人たちでした。しかし、何度も言いますがイエス様が選ばれた人たちです。いけにえをたくさん持っていた人たちではありません。あわれみを受けていた人たちです。いや、これからもたくさんのあわれみを受ける人たちです。

使徒たちの派遣

イエス様は十二人の使徒たちを遣わすのにまずはどこに行くべきかを弟子たちにおっしゃられました。それは10:6「イスラエルの家の滅びた羊のところに行きなさい」です。イエス様もこんなことをおっしゃっています。それはマタイ15:22~24「するとその地方のカナン人の女が出てきて、叫び声をあげて言った。「主よ、ダビデの子よ。わたしをあわれんでください。娘がひどく悪霊に取りつかれているのです。しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった。そこで弟子たちはみもとに来て、「あの女をかえしてやってください。叫びながら後についてくるのです。」といっ

てイエスに願った。しかし、イエスは答えて、「わたしはイスラエルの家の滅びた羊以外はのところには遣わされていません」といわれたとあります。ツロとシドンといえばガリラヤの北にありイスラエル人からするとカナン人は外人ということになります。しかしこの女の人は叫び声をあげました。自分の娘のために。そしてみんなについてきました。でもイエス様はこの女の人を突き放しました。しかし、イエス様はいつもあわれみ深いお方です。この女の人がどういう人かわかって言っているのです。26節~28節を読みますと。「すると、イエスは答えて「子供たちのパンを取り上げて、子犬に投げてやるのはよくないことです。」といわれた。しかし女は言った。「主よその通りです。ただ、子犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。そのとき、イエスは彼女に答えて言われた。あなたの信仰は立派です。その願い通りになるように」すると彼女の娘はその時から直った」とあります。横道にそれましたけどこのころからはイスラエル人という選民だけが救われるのではなくイエス様を信じる人が神の選民というくくりになりつつありました。律法から福音に代わるときです。川も最下流になると塩水か真水かわからないような状態になります。そして十二使徒たちはイエス様から癒しの奇蹟を行うように命じられます。そしてその力をイエス様から与えられます。そして癒しの奇蹟を行います。しかし、肝心なのは自分の名前においてではなく主イエスの御名によって行うわけです。それは十二使徒たちが遣わされて、のべ伝えるお方が父なる神から遣わされた御子イエスキリストであることを示すしるしとして行うものなのです。10:8「病人を直し死人を生き返らせ、ツァラートきよめ、悪霊を追い出しなさい。あなた方はただで受けたのだから、ただで与えなさい。」このイエス様から頂いた力はただで誰かに与えるということではなくて、ただで与えられたのだからイエス様のために使わなければいけません。もしも、この力を自分の名誉のためとか自分のお金儲けの手段に使ったとしたらイエス様の御言葉に反します。しかし、そのような人はユダを除いて一人もいなかったのです。十二使徒は「羊飼いのいない羊たちを救うためにイエス様から羊飼いになりなさいという権威を与えられた最初の人たちでした。ユダとヤコブの死は聖書でも書かれています。それ以外でも参考物件を調べることができました。十二使徒がどこの地方にイエス様をのべ伝えに行きどのような殉教されたのかを最後に紹介します。まずはペテロはガラテヤ、アジア、

コリント最後はローマでAD67年逆さの十字架で殉教します。ナタナエル(バルトロマイ)・メソポタミア、ペルシャ、インドに伝道します最後はアジア今でいうトルコのアルバノポリスに帰って来て殉教します。タダイ・アッシリア、ペルシャに出ていきペルシャで殉教します。

アルパヨの子ヤコブ・ペルシャに出ていきます。ペルシャで撲殺され殉教します。熱心党員シモン・エジプト、ペルシャ、メソポタミアに伝道します。ペルシャのスア二ルでのこぎりでひかれて殉教します。トマス・エデッサ、バルテア今のイラン、メディア、インドに伝道インドのマイラポアで殉教(一説には両手両足を切られて殉教したといわれています)ピリポ・ギリシャ、アジア地方に伝道ヒエラポリスといところで殉教します。一番最後に使徒になったマッテヤはエチオピアに伝道します。そこで殉教します。ヨハネの兄弟ヤコブはAD44年惨殺され殉教します。アンデレ・ピテニア、ポントス、トラキア、アカヤに伝道アカヤのパトラでX形の十字架につけられ殉教します。マタイ・シリヤ、マケドニア、ペルシャ、メディア、エチオピアに伝道しますエチオピアで火あぶりの刑で殉教します。最後はヨハネです。サマリヤ、エペソを中心に伝道します。パトモス島に島流しの刑になります。唯一ヨハネだけが殉教していません

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