2023.2.19

聖書箇所 マタイ17:1~9

説教題 変貌の山での出来事

分解 1~3 モーセ、エリヤ

4~5 私の愛する子

6~9 誰にも話してはならない

序論 毎日毎日生活しているとケガをしたり病気になったりと普段予想をしていないこと がおこります。特にけがなんかですとケガする場所によって気持ちも異なりますが足が自由に動かないとか手が上がらないとか体をひねると体が妙に痛いとか思ってしまい普段何も考えてなくて動かしているところがいたくないように動かすことを考えて動かすようになります。例えば左ひざが痛いときにいつもは左ひざからついて座るのに右ひざからついて座るとか右の歯が痛ければ食べ物を左の方からかんだり一瞬考えて行動してしまいます。その時に自由だったころのことを思いめぐらして何も考えていなかった時のことを思い出してしまいます。これから先年をとるにつれて体にガタが来てこういうことを考える時間が増えてくるような気がします。昔何かのテレビで見たのですが夜寝て朝起きたときから今日一日は何の不安もなく体調はいいというなれば朝起きたときから絶好調だという日が一年で3日あるとその人は健康だということを確信していいという風に言ってました。自分もそう考えると一年どころか5年以上いや記憶にないぐらい昔に健康だという記憶がなくこれからも健康だといえる日が来ないような気がします。それだけ年を取ったということでしょう。

私たちが過ごしている毎日毎日にはあまり変化がなく過ごしています。しかしケガや病気といったことで生活に変化が現れてきます。そこでけがというものを通して神様が何を私に対して求めておられるのか何をおっしゃりたいのか考えてしまいます。神様の支配下にある私たちには偶然というものがありません。しかしながら神様の御心がわからない自分にはほとんど答えが出てきません。この箇所もペテロやヨハネやヤコブが普通の生活から旧約聖書の中の英雄のモーセとエリヤと出会って普段の生活から劇的に変わっていく様子やイエス様がこの三人に何の目的で会わされたのか考えていきたいと思います。それでは聖書に入っていきたいと思います。

モーセ、エリヤ

17章1節それから六日たってとあります。それからとは16:1

3「さて、ピリポカイザリヤの地方に行かれた時、イエスは弟子たちにたずねて言われた。「人々は人の子を誰だと言っていますか。」と弟子たちにたずねます。そしてペテロは「あなたはいけるかみの子キリストです。」と答えます。そしてイエス様はペテロに「あなたはペテロです。私はこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。

ペテロという意味は後にパウロがケパと呼んでいるのはペテロと同じ意味で岩という意味です。建物を建てる前にボーリング調査というものをします。わかりやすく言うと地層を直径5,6センチの筒で掘っていきその筒の中に土や石や岩が確認できます。上手なボーリング技師ほどきれいにはっきりと地層をくりぬきます。そしてもう一つは地質以外にも地盤の固さを知ることができます。そして最終的には岩にたどり着くと岩は固いのでなかなか掘れません。10センチほるのに丸一日掘ることもあります。そんな固い揺るぎのない岩が出てくるとここに建物の基礎を作ろうと設計に入ります。

そんな固い揺るぎのない岩を例えてシモンにイエス様はペテロと名付けることをなさいました。しかし、ペテロはイエス様がユダヤ人たちから殺されそして三日目によみがえると示し始められると「そんなことがあなたに起こるはずがありません。」といいました。するとイエス様は「下がれサタン」とおっしゃられます。そんな出来事があってからの六日間がたった時のことです。

17:1「それから六日たって、イエスは、ペテロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に導いていかれた。」とあります。私が30代半ばのころ宝塚の現場の中で「私はクリスチャンです。」という証をしました。すると協力業者の社長はどういったかといいますと宗教するなら「学会やで」といいました。私が「なんで?」と聞くと「学会は人を呼べる」と言っていました。こういう仕事をしていると現場の最盛期にはかなりの人数の人がいなければいけません。そんな時に相談すればすぐに人を呼べると言っていました。私はそういう意味の宗教でなくイエスキリストを信じているだけです。と言い返したにすぎませんでした。しかし、そういったいうなればそういうギブアンドテイクのような利害関係と利益と宗教を結びつけていることは多々あることです。そういう理由で宗教を信じている人も多いはずです。ですから聖書で語っているイエス様の弟子たちの弱さや失敗は私たちの行動とだぶらせて多くのことを聖書から教えられます。

イエス様は十二使徒たちに対して何度も何度も、繰り返し繰り返し教えておられるのです。そのあとでイエス様自身が十字架の上で死なれることについて語られるとそのことを正しく受け止めることはできずに怒られていまうくらいです。だからイエス様は内弟子の3人ペテロ、ヤコブ、ヨハネを連れてこの十字架による救い主の働きをわからすためにそして同時に一つの体験によって教えなければなりませんでした。それがあの変貌の山の出来事です。ちなみにゲッセマネの園の大切な祈りの時もこの3人を連れて行っています。ルカはこの「ゲツセマネの園」のことをいつもの場所といっています。ここはイエス様が祈りの場所として好んでいかれたと思われます。

17:2「そして、彼らの目の前で、御姿が変わり、御顔は太陽のように輝きみころもは光のように白くなった。」このことは多分復活後のイエス様の御姿だったと思われます。十字架のあとの復活を弟子たちの前でしめされました。ルカの24章のエマオの話も最初弟子たちはわかりませんでした。だから姿が変わったようです。ここでも御姿が変わりとありますからやはり復活後のイエス様という考えでよいと思われます。17:3「しかも、モーセとエリヤが現れてイエスと話し合っているではないか」イエス様のかわられた御姿を目撃することができた弟子たちにさらに続いてそこに姿を現したのはユダヤ人というか旧約の英雄であるモーセとエリヤです。豊島先生の言葉をお借りすると律法の代表者モーセと預言者の代表者エリヤです。

そしてこの二人のうちモーセはどのようにしてピスガの頂でなくなったのかわかりません。だから墓がなかったです。だからどのようにして死んだのかは誰も知りません。そんなモーセが出エジプト記34:29「それからモーセはシナイ山から降りてきた。モーセが山を降りてきたとき、その手に二枚のあかしの石の板を持っていた。彼は、主と話したので自分の顔の肌が光を放ったのを知らなかった。」神様と会うとイエス様と同じで「御顔は太陽のように輝き」とあるようにモーセの顔も輝いていたのです。次に預言者の代表者エリヤです。当時のイスラエルの王様アハブとその妻イゼベルがエリヤを負かすようにバアルの預言者450人とエリヤが戦います。そして勝利したエリヤだがイゼベルの逆鱗に触れ追ってから逃げます。そして逃げるのに疲れ果てたエリヤが神様に祈ります。すると第一列王記19:11「主は仰せられた。「外に出て、山の上で、

主の前に立て。」すると、そのとき、主が通り過ぎられ、主の前で、激しい大風が山々を裂き、岩々を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。」とあります。エリヤの前を主はと書かれているのですが、この主はイエス様なのか神様なのかわかりません。しかしどちらかなのは間違いのないことです。そしてエリヤは慰められてまた神様の命令に従い出ていきます。そしてエリヤの死にまつわる話というと、第二列王記2:11「こうして彼らがなお進みながら話していると、なんと、一台の火の戦車と火の馬とが現れ、この二人の間を分け隔てエリヤは竜巻に乗って天へ昇って行った。」

とあります。彼らというのはエリヤとその弟子エリシャのことです。このモーセとエリヤに共通しているのは墓がないということです。ちなみに創世記5章にエノクという人が出てきます。この人も神様によって天に直接挙げられた人です。

私の愛する子

このような旧約聖書を代表する英雄たちにお会いしたということだけでペテロにとってもヤコブにとってもヨハネにとっても信じられない出来事で今の言葉でいうサプライズです。しかし、ここでモーセとエリヤが姿を現さなければいけなかったのかという疑問が残ります。」イエス様とモーセとエリヤが会って話をしたかというとここでは書かれていませんがルカの福音書では9:31「栄光のうちに現れて、イエスがエルサレムで遂げようとしておられるご最後についていっしょに話していたのである。」このことはイエス様が十字架にかかることです。ここでペテロたちは眠くてたまらなかったとあります。こんな経験はないですか?高校生の時に社会の先生が授業をしていました。この先生はすごく怖い先生でした。すぐに怒るしすぐにほっぺたにびんたをする先生でした。今の時代なら先生として生きてはいけなかったであろう人です。当然のように授業中は誰一人として私語をする人はいません。しかし、私はその社会の授業がいやでいやで仕方がありません。それはなぜかといいますと眠くて眠くて仕方がないからです。あるときシーンと静まり返った教室にいびきをかいている音がしました。ところどころにくすっくすっと笑う声がします。先生もきずいてその男の子に注意をしますがまたすぐにいびきの音が聞こえてきます。次はみんなが予想していたことが現実に起きてしまいます。その寝ていた生徒のほっぺたにびんたが飛ぶのです。くすっと笑っていた人たちの顔色がなくなっていくようなことが起きます。ニュアンスは違えどもペテ

ロやヤコブやヨハネはこの素晴らしい経験に限界まで気が張り詰めてしまいついには眠ってしまったということになります。しかし、はっきりと目が覚めてからイエス様がモーセやエリヤと語っておられるのを見ていましたしその会話の内容はエルサレムでの最後の時のことで聞いてもいました。

イエス様が何回も何回も自分はエルサレムで死を迎えるといっても信じようとしなかった弟子たちにモーセとエリヤを前にしてイエス様の死がどういうことなのかを知ってほしかったというのがこの山での意味合いなのではないかと思われます。

そしてこの時代新約聖書はありません。旧約聖書だけです。その時代の人にとって旧約聖書が一番の説得力がありました。

当時のユダヤ人は救い主イコール王様という図式が成り立っていました。イスラエルとして独立もしていない、霊的な預言者も400年でてきていない、と言ことは政治的な救い主、王様を待望することです。昔士師の時代に王を待望したイスラエル民族のようにです。そして神様はサウルという王様をイスラエルの人たちに与えました。そしてそのサウルがなくなるとダビデという人が王様に就任します。しかし、神様は政治的な救い主よりももっと深いところに属している人間の原罪を取り除くことを考えました。そしてその方法として救い主イエス様がお生まれになり神様が人の形をとられました。旧約聖書も本当の救い主の意味は罪びとに対しての罪からの清めです。そのためにイエス様がこの地上にお生まれになりました。ただし一つだけ条件があります。この方イエス様を神様と信じこの方を礼拝することです。それが霊的救い主で政治的救い主ではありません。そのための十字架上の死です。

しかもそのことを旧約のモーセとエリヤを通して彼らの口から語らせたのです。

17:4「するとペテロが口出ししてイエスに言った。「先生。私たちがここにいることは、素晴らしいことです。もしおよろしければ、私が、ここに三つの幕屋を造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ」

幕屋とは辞書で調べてみますと、「幕屋の第一の目的は、主がイスラエルの民の中に住むためでそこではさまざまな儀式が行われ礼拝がささげられた。」幕屋の本来の意味はそこに神様が住んでいるというような意味合いです。イエス様は神様だけどモーセやエリヤは神様ではないのでルカ9:33「ペテロは何を言うべきかを知らなかっ

た」とあります。しかし、ペテロのこの素晴らしい経験をずーと永続させようという彼の願いもありました。そしてペテロが話し終わらないうちに17:5「彼がまだ話している間に見よ、光り輝く雲がその人々を包みそして、雲の中から「これは、私の愛する子、わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞きなさい」ペテロはルカが言っているように自分で言っていることが本当にわからなかったようです。だから神様はペテロにきずかせるために雲を起こされました。そして天からの父なる神様のこの言葉です。17:6「弟子たちは、この声を聞くと、ひれ伏して非常に怖がった。7節「するとイエスが来られて、彼らに手を触れ、「起きなさい。こわがることはない。」と言われた。天からの声にあまりにもおそれていた弟子たち3人はうつむせになっていた時、彼らに近づいてこられたイエス様は彼らにさわって力づけられると、その時はイエス様以外はほかの誰もいませんでした。おそらく7節の「起きなさい、こわがることはない」と優しい声でおっしゃられたと思われます。イエス様のこの優しい言葉を聞くとまたエリヤの話になりますがイゼベルから逃げていたエリヤが疲れ果ててもう逃げられない動けないと弱音を吐いていた時に神様の使いがエリヤを勇気付けるためにお言葉と食べ物を用意された優しい神様を思い出します。第一列王記の19:7,8「それから、主の使いがもう一度戻ってきて彼にさわり「起きて食べなさい。旅はまだ遠いのだから」といった。そこで彼(エリヤのこと)は起きて、食べ、そして飲み、この食べ物に力を得て、40日40夜、歩いて神の山ホレブについた。」イエス様の優しい言葉もそうです。行き詰ってもう後がなく疲れ果てている人がこのみ言葉に勇気をもらった人はたくさんいるだろうと思われるのはマタイ11:28~30「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、私のところに来なさい。私があなた方を休ませてあげます。」「わたしはこころ優しくへりくだっているから、あなたがたも私のくびきを負ってわたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎがきます。私のくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」辛いことが続くときにこのみ言葉を思い出すとすぐにはこの辛さはなくならないが知らない間に辛さの根源は解決しています。厳密にいうとイエス様は心の祈りを御心のままに聞いてくださることです。

この変貌の山での出来事は夢物語のような気がしたかもしれません。しかし夢の中で起こったことではなく、現実でした。のちにペテロは第二ペテロ1:17,18で こう証言しています。「キリストが

父なる神から誉と栄光をお受けになったとき、おごそかな栄光の神から、こういう御声がかかりました。「これは私の愛する子、私の喜ぶものである。」「私たちは聖なる山で主イエスとともにいたので、天からかかったこの御声を自分自身で聞いたのです。」と証言しています。

この変貌の山での出来事は、ペテロやヤコブやヨハネにとっても実に素晴らしい経験だったと思われます。しかし、このような特殊な経験は日常生活とあまりかかわりがないと言わざる負えないということです。私たちの日常の生活はそのような特殊な生活の連続ではないのです。はっきり言って平凡な毎日の繰り返しです。栄光の中でモーセやエリヤとの、神様の直接の声を聞くという異常な経験を、日常生活の中に求めていくのはどうかと思います。信仰生活というのは平凡な日常生活の中で送っていくべきものです。そして、毎日の生活というものは、あの変貌の山の出来事のように華々しいものではありません。それは地味で暗いものであまり目立たないものです。そして現実の生活というものは決してうきうきしたものではなく着実さを求められます。しかも苦しみの多いものです。現実に生活するということは遊びではないのです。人間関係においても自分も含めて周りもすべての人が罪人です。みんな自分がかわいいんです。その中に私たちは身を置いています。家族の中においてもカンに障ることイライラすることあります。ある程度のことは家族の中では感情をあらわにしてもよいところはあります。しかし、世間に出て行けば自分の感情をコントロールしていかなければいけません。そこのところが今の時代にはストレスがたまるということになります。そんな人間のすごし方が平凡な毎日ということになります。だから、苦しみの多い毎日の生活において、私たちはどのようにしたら本当に充実した生活を送れるのかというところに行きついてしまいます。

すべての問題は私たちの中にある原罪というものにあります。それからの解放、でありその原罪の解決をしなければいけません。

それには、救い主は十字架にかかり、私たちの罪のために十字架上で贖いの死を遂げてくださったことです。そして、神様であるということを示したことが復活です。それが人間にはわからない神様が私たちを原罪から救う方法です。

イエス様は変貌の山に登る前にエルサレムで死を遂げるということを弟子たちに何回もおっしゃられました。しかし、弟子たちは何の

ことかわかりませんでした。そしてペテロとヤコブとヨハネを連れて変貌の山(ヘルモン山)にお上りになられました。

そして天国にいるモーセとエリヤを呼んでイエス様がエルサレムで遂げるご自分の死について弟子たちに聞こえるように話されました。しかし、弟子たちはそれでもイエス様の死を受け入れられずにいました。しかし、あとあとペテロが自分の手紙で書いているように復活のイエス様を見てモーセを見てエリヤを見て神様の声を聞いたことにより彼の信仰が殉教の死を遂げるまで走り続けて成長したことです。ヤコブにしろそうです。12使徒の中でユダを除いて一番最初に殉教の死を遂げました。ヨハネは島流しに会いましたが使徒の中では一人だけ殉教をしませんでした。そしてヨハネの福音書というイエス様を神様のように描いた福音書を執筆しました。

この変貌の山では究極の弟子教育がなされました。私が推測するところこのような出来事はペテロやヤコブやヨハネが残りの9人に語っていないわけがないと思われます。そのことを9人は信じていたと思われます。それがユダを除いた8人がほかの地域に出て行ってイエス様を宣べ伝えた原動力になっていたのではないかと思います。

先週の恵み

イエス様はエルサレムに言って死を遂げるということを何度も何度も弟子たちにおっしゃりました。しかし弟子たちは信じようとしませんでした。ピリポカイザリアでの出来事はペテロはイエス様に「下がれサタン」と一喝されます。そんなことがあってのことです。イエス様はペテロとヤコブとヨハネを連れて変貌の山に登ります。このうち弟子の3人は「ゲツセマネの園」の大切な祈りの時もイエス様に連れられて一緒に行きます。するとイエス様は御姿が変わり(おそらく復活後のイエス様)になりそのそばにはモーセとエリヤがおられました。しかし、3人の話の内容はイエス様が最後にエルサレムでどういった死に方をなされるかということでした。このイエス様、モーセ、エリヤを見ていた3人は気が張り詰めすぎて眠ってしまいます。しかしこのイエス様の死に方をする話の時ははっきりと意識があり聞いていたのです。それでもその時はわかりませんでした。しかし、それからのペテロの人生はイエス様抜きでは語ることができないくらいの生活をしていました。ヤコブは12使徒の中で一番早く殉教の死を遂げました。ヨハネは12使徒の中でひと

りだけ殉教はしませんでした。しかし、独特の視点からイエス様を神様とみるようなヨハネの福音書を執筆します。この時の変貌の山での出来事は究極の弟子教育でした

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