2023.1.15

聖書箇所 ヨハネ1:29~42

説教題 この方が神の子である

分解 29~31 ヨハネから見たイエス様

32~34 ヨハネの証言

35~39 ヨハネの弟子たちの行動

40~42 イエス様とペテロとの出会い

序論 つい最近6年と3か月使っていた私の携帯電話がつぶれました。携帯電話の中にアンテナのマークが左上に4本あるのに光ってくれないのです。だから自分から電話も掛けられないし人からもかかってくることを私の壊れた携帯電話は拒否するのです。私の場合は携帯電話の使い道は98パーセント仕事に使っています。普段は持っていて当たり前で当然のように取引先の人からの電話は入ってきて当たり前のようにその電話で話をします。

しかし、いざ使えなくなってみると何とも不便で自分自身身動きが取れない状況であることに気づきます。私が社会人になったのは今から30年以上も前でこのころは携帯電話のけの字もなく生コンや材料を頼みに行くのも現場事務所に帰って事務所の電話で生コンのプラントや材料屋に電話を掛けに行ったことをよく覚えています。そのころは別に苦でもなく当たり前のように現場から現場事務所に走って帰って頭の中で覚えている得意先の電話番号を何も見ずに押していた記憶があります。そしてそれから5,6年たったころから携帯電話が普及しだします。そのころの携帯電話はというと肩からぶら下げるような電話でいかにもいかがわしい商売をしているような人が使っていました。そしてそれから急速に出回り今はスマートフォンの時代になっています。しかし、今現在現場事務所にも電話がありません。もちろんのこと携帯電話には電話番号は表示されなくてかかってきた相手の名前が出ます。だから電話番号などは覚えるわけもなく携帯電話がなくなるとただ不便だと考えてどうしたらよいのかという答えを見つけることができない二日間を過ごしました。私たちが日常当たり前ということが突然のように破壊される時が来ます。その時のために私たちは備えをすることが必要となります。私たちの備えというのはもちろんのことこの世に行かされているうちにイエス様を神様とあがめることです。その道を備えられたヨハネという人にまずはスポットライトを当てていきたいと思います。バプテスマのことは先週の先生の説教で詳し

く語られました。今日はちょっと変わった視点からバプテスマのヨハネのことを見ていきたいと思います。

バプテスマのヨハネから見たイエス様

バプテスマのヨハネはよくイエス様を証しする人という風に言われます。私たちクリスチャンも何を隠そうイエス様の証し人であります。堅苦しい言い方をすると証しというのはその人を通して神様がどう働かれたかということの実体験の話をすることです。言い換えれば自分自身ができないことを神様が自分を通して達成させてくださった経験を人前で語ることです。だから自分自身よりも神様やイエス様の偉大さを知ってもらうことが本当の目的です。

そして証しは言葉から生まれるものです。証しが最終の目的を達成するためには言葉によることが唯一の手段であることをやっぱり考えさせられます。もちろん最終の目的というのはその証を聞いている人がイエス様を神様と仰ぎ見ることです。

それでは聖書を見ていきたいと思います。1:29「その翌日、ヨハネは自分のほうにイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」冒頭にその翌日とあります。少し前の19節を少し見ていきますと「ヨハネの証言は、こうである。ユダヤ人たちが、祭司とレビ人をエルサレムからヨハネの下に使わして「あなたはどなたですか」と尋ねさせた。」とあります。ヨハネの福音書で出てくるユダヤ人という言葉はよい意味でつかわれていることがあまりないというより全然ないということをいました。ここでも同じで祭司とレビ人に命令できるようなユダヤ人が「あなたはどなたですか?」尋ねさせた。とあります。ヨハネという人のしていること(川で悔い改めのバプテスマを授けていること)がみんなに浸透してきて人が騒ぎ出してその騒ぎがエルサレムにまで噂となりユダヤ人の指導者たちはヨルダンの向こう岸のべタニアまで自分自身がいかずに祭司とレビ人に行かした。ということです。

そこでバプテスマのヨハネが言ったことは「私はキリストではありません。預言者でもありません。」26,27節「ヨハネは答えて言った。「私は水でバプテスマを授けているが、あなた方の中にあなた方の知らない方が立っておられます。その方は私のあとから来られる方で、私はその方のくつのひもを解く値打ちもありません。」という答えでした。くつのひもを解くという仕事は奴隷のする仕事でその仕事をする奴隷よりも自分は位が低いということを言ったことでそんなことがおこった次の日です。

イエス様はユダヤ人の指導者と違い自分自身でヨハネのところにやってこられました。ヨハネの証言はイエス様を前にしてもまだ続きます。30節「私が「私のあとから来る人がある。その方は私にまさる方である。私より先におられたからだ。」といったのはこの方のことです。」ヨハネの表現はまず私のあとから来るという表現このことはヨハネがイエス様より半年ほど先に生まれたということ。そして「私より先におられたからだ」という表現がこのことをむつかしくしています。

31節「私もこの方を知りませんでした。しかし、この方がイスラエルに明らかにされるために、わたしは来て、水でバプテスマを授けているのです。」ヨハネの福音書ではイスラエルという表現はユダヤ人と同じ人種を現しているけど中身が全く逆でいい意味での神の選民という意味です。その人たちに明らかにされるためにヨハネはまず悔い改めを通して水でバプテスマを授けていました。このイスラエルという表現はクリスチャンともいえる表現です。

ヨハネの証言

ヨハネはなぜ自分のほうに歩いてくる人がイエス様だと分かったのか?というと32節「ヨハネは証言していった。「御霊が鳩のように天から下って、この方の上にとどまられるのを私は見ました。」33節「私もこの方を知りませんでした。しかし、水でバプテスマを授けさせるために私を遣わされた方が私に言われました。「聖霊がある方の上に下って、その上にとどまられるのがあなたに見えたなら、その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である。」現実にヨハネには聖霊が鳩のように天から下ってということを目撃したのです。ヨハネだけに「聖霊が鳩のように天から下った」ということが見えたのかそのほかの人にも見えたのかは聖書に書いていないのでわかりませんがはっきりとわかっているのはヨハネには見えたということです。

この出来事がヨハネの救い主の存在を確信できる出来事でした。そして、29節の「神の子羊」という言葉がヨハネの口から語られました。

私自身昔からなぜイエス様のことを子羊という表現をしているのかは知りませんでした。この場をお借りして自分なりに考えたいと思います。福音書を読んでいるとしばしばあれっと思うところが出てきます。たとえ話にしてもよく引っ掛かるという表現が正しいか間違っているかはわかりませんがそういうところに解釈のカギが

隠されていることがよくあります。このところの表現はイエス様イコール子羊ということをまずは有名なイザヤ書の53章から見ていくと彼という表現をしているのはイエス様だと思ってください。4節~12節を読む。

5節「彼は私たちのそむきの罪のために刺し通され、」5節の後半の「彼のうち傷によって、私たちはいやされた。」私たちとは罪びとのことです。6節の後半の「しかし、主は私たちのすべての咎を彼に負わせた。「とが」の意味は人から責められたり非難されるような行為。とか罰せられるべき行為。要するに罪という意味です。その結果十字架ということです。10節「しかし彼を砕いて痛めることは主の御心であった。」主というのは神様のことです。イエス様が生まれる約750年前にこんな正確にイザヤによって予言されていたと本当に驚きです。しかし、イエス様がなぜ子羊なのかは答えとしてしっくりこないというのが私の意見です。

次に過ぎ越しの子羊という表現があります。過ぎ越しの祭りというのはイスラエル民族がエジプトの地で大きくなり、パロとの戦いでようやく最終の戦いでエジプトから出てイスラエルという国を見つけるために放浪するときの最後の神様のエジプトに対する戦いです。それまではナイル川を血に変えたり、イナゴやぶよやアブの大軍をエジプトの全土にはなったりしたにもかかわらずパロはイスラエル民族がエジプトから出ていくことを拒み続けました。そして最後がこの過ぎ越しです。出エジプト記の12章1:1~14を読む。

5節「あなた方の羊はきずのない一歳の雄でなければならない。6節それをほふり、

食べるために殺すということです。7節その子羊の血をとり、羊を食べる家々の二本の門柱と鴨居にそれをつける。その時羊を食べるのはイスラエル人でその子羊の血を門柱と鴨居につけるとどうなるかというと、12節13節「その夜私は(かみさま)エジプトの地を巡り、人をはじめ、家畜に至るまで、エジプトの地のすべての初子を打ち、またエジプトのすべての神々に裁きを下そう。私は主である。あなた方のいる家々の血は、あなた方のためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなた方のところを通り越そう.私がエジプトの地を打つときあなた方には滅びのわざわいはおこらない。」この子羊の血が家の門柱と鴨居になければその家の初子が殺され家畜の初子まで殺されるという恐ろしい

ことがおこります。当然のようにエジプト人はその情報を知りません。そして30節「それでその夜、パロやその家臣および全エジプトが起き上がった。そして、エジプトには激しい泣き叫びがおこった。それは死人のない家がなかったからである。」

私たちは今現在クリスチャンと呼ばれている人はイエス様を神様だという信仰を持っています。それはイエス様が十字架上で流された血というのが私たちの為に流してくださったということを認めている人たちです。この出エジプト記に書かれている子羊がほふられて血を流します。その血が門柱や鴨居につけられます。この門柱や鴨居が私たちのからだや心と考えるとイエス様を信じているかいないかは神様から見て一目瞭然のことだからエジプト人のように裁かれるか私たちの罪を見過ごしてくださるかのは子羊と称されるイエス様です。家門につけられた子羊の血というのがイエス様が十字架の上で流された血と同じで子羊イコールイエス様というのは自分の中での引っ掛かりが取れたことです。

話を元に戻しますとイエス様の人格についてのヨハネのもう一つの証言は、ヨハネが水でバプテスマを授けるのに対してイエス様は聖霊によってバプテスマを授けるお方であるということです。しかも、イエス様が聖霊によってバプテスマを授けることができるのは、聖霊がイエス様の上に下って、イエス様の頭の上に止まっているからなのです。イエス様はただのお方ではなく聖霊が止まり続けているお方です。ですから神様の権威と力をもって人々にバプテスマを授けることができるお方です。ですからヨハネははっきりと34節「私はそれを見たのです。それで、この方が神の子であると証言しているのです。」この言葉がバプテスマのヨハネの証しであり証し人といわれることです。このヨハネの言葉を聞くと聖霊様がイエス様の頭の上にとどまっていたのを見たのはヨハネだけのような気がするのは私だけでしょうか?

ヨハネの弟子たちの行動

35節「その翌日、またヨハネは、ふたりの弟子とともに立っていたが、」とあります。その翌日ということはヨハネがイエス様を見た次の日ということです。

一日目にユダヤ人の指導者の使いと話になり二日目に実際のイエス様がヨハネと会い、三日目にヨハネは二人の弟子とともに立っていたとあります。36節「イエスが歩いて行かれるのを見て、

「見よ神の子羊。」といった。ヨハネはふたりの弟子たちにイエス様は神様だという証しをしました。37節に「イエスについて行った」という言葉があります。この言葉は単についていくという言葉から来たのではなく弟子としてついて行ったということです。このことはヨハネが証ししたことによって起こったことです。このように最初のイエス様の弟子はヨハネの弟子たちでヨハネの強力な証しによってうまれたことになります。もちろんのことヨハネがイエス様のことを証ししてもヨハネの弟子だった人もいました。しかしヨハネは自分のなすべきことは十二分に果たしました。ヨハネの周りにはイエス様の出現によりいろいろなことがおこりました。しかし、イエス様の弟子の最初はヨハネの弟子から生まれました。この二人の中にペテロの兄弟アンデレがいました。もう一人は使徒ヨハネかもしれませんがわかっているのがアンデレということです。ここからは私の想像ですがヨハネもイエス様も30歳ぐらいでこの弟子たちも年令は30歳ぐらいだったと思われます。それなりに大人です。仮にアンデレが突如としてイエス様についていくことはしないような気がします。ということはアンデレはヨハネにイエス様のもとにいってよいですかと聞いたはず。するとヨハネはこころよく許可を出したと思われます。38節前半ついて行った弟子たちに「イエスは振り向いて、彼らがついてくるのを見て、言われた。「あなた方は何を求めているのですか?」イエス様がこの二人の人にしたこの問いに自分は神の子と分かっているから質問しています。それに対して二人の人がした答えは38節後半「ラビ(訳して言えば先生)今どこにお泊りですか?この二人がイエス様にどこまでもついていくという意思を前面に出して言った答えです。するとイエス様は39節イエスは彼らに言われた。「来なさい。そうすればわかります。」そこで、彼らはついていって、イエスの泊まっておられるところを知った。そして、その日彼らはイエスと一緒にいた。時は十時頃であった。立ち話ではわかるものではないとこの二人はわかっていたしどこまでもついていくことによって何かを得ることができると感じていたに違いありません。

「来なさいそうすればわかります」本当はこの説教題にしようと思っていました。

単純に「来たらわかるよ」という言葉です。しかし、多くの人はどういうかといいますと「わかったら行くよ」といいます。つま

りは「わかるまでは行かない」ということになります。キリスト教だけでなくいろいろな宗教においてこのような認識が間違っていることは現実にあるのです。確かに歴史や科学といったものは物事を観察してまた実験を繰り返してそして自分の答えを導き出すものです。しかし、こと宗教に関して言いますと全く違うのです。宗教と向き合うことというのはまず自分が飛び込むことなのです。そうしなければわかりません。

目の前に海があります。自分の中で海の中にどういう魚がいるかどういう動物がいるか例えばタイとかウミガメとかサメとか知識では知っています。しかし、その知識がなければ海の中に何がいるかはわかりません。そこで海の中に飛び込み水中眼鏡をつけているとカレイみたいな変な形の魚や細長いアナゴや足がいっぱいのタコがいることが発見されます。そしてまた進んで潜っていくとアンコウや赤マンボーが生息するようなところにたどり着きます。まだ潜っていきますと深海魚が生息するところに到達します。景色がだんだん変わっていきいろいろな景色を自分の目で見ることができます。そして体験することが可能です。しかし、まずはわからないけど海に飛び込むことから始めなければ何も見ることができません。

イエス様は二人に仰せられました。「来なさい、そうすればわかります。」宗教の中に飛び込まなければ決してわかるものではありません。これが信仰であります。

その二人はイエス様の言われる通りについていきました。たった一日でした。しかし、ふたりは「ラビ」と呼んでいました。イエス様とずーと一緒にいたアンデレは後に「メシヤ(キリスト)」と呼んでいます。このことはアンデレがその時の信仰から成長していきメシヤという最高の言葉イエス様に捧げています。

今もイエス様は私たちクリスチャンにも問いかけています。「何を求めているのですか?」と。私たちが求めているものが目に見えるものだとするならば本当の救い主はどこにいるのかは分からなくなるでしょう。しかし、私たちはどんなに努力をしても自分で自分をよくすることができなくて悩んでいるその悩みの根本的な原因である罪からの救い主にお会いすることです。「来なさい。そうすればわかります。」とイエス様はいつでもだれにでもそうおっしゃっています

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